遠距離介護で感じたこと。

カテゴリ:両親( 8 )

それぞれに嬉しい日

5月下旬、母方の親戚が遠方からやってきました。

7人乗りのレンタカーを借り、主人・私・娘・叔父・叔母x2で実家へ。

この日にやっと母に娘を逢わせることができました。

娘は大人しくご機嫌な様子で母に抱かれ、母もとても嬉しそうにしていました。


それから皆でお庭のグリーンが綺麗なお店で食事をし、父の病院へ。

娘と主人は病院の中庭でお留守番をしてもらい、叔父達と父の病室へ。。。

病院へ入れない娘の写真を持って父の元へいきました。
父に写真を見せるとわかっている様子でした。
出来るなら元気な父に逢わせたかった・・・・デス。

叔父達は、父に色々と話しかけてくれました。
その呼びかけにも応えているようでした。

倒れた父と初めて対面した叔母は涙ぐんでいました。
私は何故だかわかりませんが、父のために涙を流している叔母の姿をみて、
胸がいっぱいになったのです。
(父の友人知人には特に知らせていないので当然ですが・・・)
何故か報われたような気持ちにりました。

久しぶりに両親の元を訪れるとことができ、娘と逢って
兄妹と逢って嬉しそうにしている母の姿をみられて、そして父に娘の写真を
見せることができ、それぞれにとって「嬉しい日」だったと思います★
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by aaaya123 | 2008-06-03 18:36 | 両親

しばらくの間・・・・

先日、夫と一緒に私の実家と父の病院を訪れました。

散髪をしてもらった父はとてもさっぱりした顔をしていました。

もう言葉を発する事も動く事も出来ない父に、「もうすぐおじいちゃんになるんだよ」
と話しかけていると、何だかどうしようもなく切なくなってしまいました。

本当に子供が好きで、小さな子とすぐに仲良くなれる父でしたから、自分の孫だったら
どんなにか可愛がったんだろうなぁと思うと胸がいっぱいになってしまいどうしても
涙がとまりませんでした。。



その後、母を連れて恒例の食べ放題へ。

今回は代筆の必要な書類がたくさんありましたが、時間的なこともあり
お店で書くことにしました。

[食事をする前に書類を全て書いたほうが良い] と夫が事前に言っていたので、
全ての書類が書き終わるまで、夫も何も取りに行かずに約30分弱の間
何も食べず飲まずに、私はひたすら書類を書き、それを母と夫が見守るという状態でした。

ですが、夫の言ったとおり全ての書類を書き終えると母はとても安心したような顔して
楽しそうに食事をする事に集中していました。

途中で母が追記したほうがいい部分を思い出した際は、また食事を全てストップし、
代筆作業をする私を2人が見守るといった状態にして、書き終えたらまた食事再開!!

するとまた楽しそうに食事を始めていました。

「食事より何より字が書けないからあなたに代筆してもらう事が一番」と常々言っている母の気持ちをよくわかっていたのは、夫のようでした。



しばらくの間、両親の元へは行けませんが、病院できちんとケアをしてもらっている父や
楽しそうに食事をしている母親の姿をみることができよかったと思います。
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by aaaya123 | 2008-03-04 21:07 | 両親

新しいケアマネさん

先日、実家へ帰ったときに新しいケアマネさんと初めてお会いしました。
前の方は、別な施設の設立に携わる事になったようでお忙しくなったそうです。

40代くらいのお若い方で、物腰も柔らかく以前の方とはまた違いますが、とても好感の
もてる方で安心しました。
私の事もとても気遣ってくださっているようで、何だかちょっぴり嬉しかったです。

親戚からは、

「お父さん、お母さんの面倒をしっかりみてやってね」

「大変だろうけどがんばってね」

こんな言葉が多くて・・・・

そんな言葉を投げかけられ、私は知らず知らずに「私がやらなくちゃ・・頑張らなくちゃ・・」と
すごく気負っていたような気がします。
ですから、自分で決めた日には何が何でも行かなきゃ!!
そんな状態ですから、行けなくなったりしたら、罪悪感に苛まれて感情が不安定になる事も
しばしば。。
逢いたいから行くのではなく、ほとんど義務感のような気持ちでした。

でも、父の病院の看護士さん・ヘルパーさん、母のケアマネさん等から
「あなたは大丈夫??私達がちゃんと看ているから心配ないですよ」
と私自身の身を心配をしてくれる、安心させてくれる言葉をかけてもらえることが、
とても励みになっているなと感じます。

私もそんな風に周りの人に勇気を与えたり温かい気持ちになれる言葉を
かけられる人になりたいと今回の経験で強く思いました。
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by aaaya123 | 2008-01-22 21:54 | 両親

返す言葉

母は時に返答に困る質問を何度もする。

「お父さんは治ると思う?」

正直な意見を言えば、完治するのはとても難しい事だと思う。
以前は頷いたり首を動かしていたけれど、今は "まばたき" で返事をしている様子だし
手足も以前より麻痺しているようにも見える・・・

「時間が必要だと思うよ」
「治って欲しいね」

この言葉を繰り返す事しかできないです。

でも希望は捨てないでいたいし、母の希望も奪いたくはない。

小説ではない現実の世界には、万能な言葉なんてないんです。
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by aaaya123 | 2006-10-30 11:35 | 両親

あれから5ヶ月・・・・

父が倒れてから約5ヶ月が経過しました。
その間に、いろいろな事がありましが、それぞれがようやく落ち着いてきたのではないかと思います。

母も帰省から戻ってから、とても元気で生活をしています。

週2回のデイケアと毎日訪れてくれるヘルパーさんとの生活にも慣れて来たように
思うし、移動サービスも上手に利用しているので週1回は外出もしています。

父は、快適な病院で安静に療養しています。

私もだいぶ元気になってきました。
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by aaaya123 | 2006-09-13 12:34 | 両親

次のステップへ

母はリハビリ病院を退院後、自宅へ戻り独居生活をはじめる。

父は実家近くにある長期療養型病院へ転院となる予定。

先のことは考えず、今しなくてはならない事をひとつひとつ・・・・こなしていこう。
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by aaaya123 | 2006-06-06 14:56 | 両親

4/9(Sun) 現実

病院へ行く準備をしていると父の入院している病院から電話がかかってきた。
「奥さんが病院へ来られているのですが・・・・」

明日迎えに来るから一緒に病院へ行こう、と入院準備の為自宅へ戻ったのだが
父の様態が気になった母は1人でタクシーを呼び病院へ向かったようだった。
急いで夫と病院へ向かう。

担当看護師に父との面会は私が到着してからにしてもらうようお願いしていた為
母は待ちくたびれていたようだった。

昨日"大丈夫だと思う"と言ってしまったが、夫にも医師にも
「病気のお母さんには酷かもしれないが、本当の事を話すべき」と言われ、
私自身もそう感じていたので到着してからすぐに母に話をした。

ただ父の姿を見るまでは納得できない様子だったので、すぐに面会をさせてもらった。

とても悲しい時間だった・・・・・

父の親戚一同も駆けつけてくれた。
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by aaaya123 | 2006-06-01 23:48 | 両親

2つの病院と実家と仕事

父と母は別々の病院への入院となった為、お見舞いや洗濯等をしに2ヶ所の病院へ
行かなくてはならなかった。

実家には19歳♀の老猫もいて、その世話にも帰っていたので合計3ヶ所となった。

会社には出ていたが、これからも迷惑をかける事が多くなるので辞めようと思っている
と相談をすると、上司から
「早退や欠勤があっても皆でフォローするから続けてみたら?」という意外な提案を頂いた。

本当にありがたい言葉だった。
今だけは甘えさせてもらおうと思った。

「大変じゃない?」といってくれる人も多かったけれど、病院へ通うだけの毎日では
先が見えず、不安ばかりで気持ちが滅入るばかりだった。

友人と逢う時間も気持ちの余裕も無く、鬱々とした毎日を過ごしていたこの頃は、
会社へ来て仕事をするという事が本当に息抜きとなっていた・・・
(言葉が悪くてすみません)

両親の介護をした事がある上司が、自分の経験上から私にこのような対応をしてくれたと、
後になって知った。
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by aaaya123 | 2006-06-01 23:48 | 両親



脊髄小脳変性症の母を持つ40代1人娘の記録デス。 時系列になっていますので古い内容からご覧下さい。
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