遠距離介護で感じたこと。

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プランについて

先日、母が病院を一時外出し自宅へ戻った。
今後独居となる母のケアプランの相談をケアマネージャーとするためだ。
母にとっては2ヶ月ぶりの我が家。

ケアマネージャーとの打ち合わせで、
デイケアを2日、ヘルパー3日か4日というプランになりそうだ。
本当はデイケアをもう1日増やしたいのだが、母の介護度が低い為に
使える単位が限られてしまっている。

食事はヘルパーさん。
掃除、洗濯、買い物もヘルパーさん。
ゴミ出しは近所の方々がやってくれるそう。

試行錯誤しながら母にあったプランを見つけられるといいと思っている。
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by aaaya123 | 2006-06-13 17:02 |

次のステップへ

母はリハビリ病院を退院後、自宅へ戻り独居生活をはじめる。

父は実家近くにある長期療養型病院へ転院となる予定。

先のことは考えず、今しなくてはならない事をひとつひとつ・・・・こなしていこう。
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by aaaya123 | 2006-06-06 14:56 | 両親

父のリハビリ

横臥状態が長く、体を2ヶ月近くも動かさなかった父にとって、理学療法士の方に
膝を曲げてもらったり、足をマッサージしてもらう事はとても苦痛のようだ。

「つらいですか?」の問いかけに、顔を歪めて答える父をみているのはつらいが、
[廃用症候群]を防ぐためには仕方が無い事だと言う。

脳出血を起こした当初は安静が必要なので、ベッドに寝たまま手足を動かさない期間が
生まれる。
この安静期間に、体を使わないことによる筋肉のやせほそり(萎縮)が起こってくる。
これが[廃用症候群]と言われるものだ。

いったん筋肉の萎縮がはじまると回復するには多くの時間がかかり、時には
回復しなくなることもあるという。

父は、急性期の早い時期からベッド上でリハビリをはじめていたので、あまり拘縮はない
との事だったが、当初は趣味の将棋を打つような指の動きをしきりにしていたのだが、
最近はあまりしなくなり空をみつめて考え事をしているような状態が多い気がする。

父が何を思い、何を考えているのか知る事ができたらいいな・・・。
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by aaaya123 | 2006-06-05 12:45 |

母のリハビリ

右大腿骨骨折という大きな怪我だったが、手術も無事成功し、リハビリも順調に
進んでいる。

骨折のリハビリには積極的で、伝い歩きができるようになってきたが、[作業療法]には
消極的だという。

脊髄小脳変性症の進行に伴い、字を書いたりする手先を使う動作が難しくなりつつ
あるので、こちらのリハビリもしているのだが、「やっても仕方が無い」と言う
母の言葉を聞くと何も言えなくなってしまう。

諦めずに、前向きに頑張って欲しいと願っているが、
母の状況を思うと言葉が上手くかけられない私がいる。
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by aaaya123 | 2006-06-05 12:45 |

「受け入れる」という事

この現実を「受け入れる」事ができた時、心に余裕が生まれた。

心に余裕が生まれたら、前向きに物事が考えられるようになった。

心に余裕が無いと、状況を変えることもできないのだと思った。
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by aaaya123 | 2006-06-05 12:45 | 思うこと

願う

私は父の所へ行くと、いつも耳元でたくさん話をする。

父はかすかに頷いたり首を左右に動かすので、きっと私の話がわかっているんだと思う。

時々、何かを考えるような不思議そうな顔をしたりもする。
だから父に病気のことを少しだけ話す。

それにも黙ってかすかに頷く。

私がもっと早く変調に気付いてあげれば、
私がもっと気遣ってあげれば、と思わずにはいられない。

いつも私を温かく見守っていてくれた、私の幸せを一番に願ってくれていたお父さん。

いてくれるだけでそれでいい。
でも、もしも願いが叶うなら・・・・・・・・・・・。

今日も明日も祈り続けます。
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by aaaya123 | 2006-06-02 14:19 |

大変だね

「大変だね」

今の私のおかれている状況を知ると皆、私にそう言う。

でも私はこの言葉があまり好きではない。

確かにとても大変な事が起きてしまったと思う。
私がキーパーソンとなり、行動をしなくてはならない事がたくさんあるのは事実。

ただ、一番大変なのは、病気をした「父」であり「母」なのだ。

私はやれることをするだけの存在なのだ。
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by aaaya123 | 2006-06-02 14:19 | 思うこと

4/9(Sun) 現実

病院へ行く準備をしていると父の入院している病院から電話がかかってきた。
「奥さんが病院へ来られているのですが・・・・」

明日迎えに来るから一緒に病院へ行こう、と入院準備の為自宅へ戻ったのだが
父の様態が気になった母は1人でタクシーを呼び病院へ向かったようだった。
急いで夫と病院へ向かう。

担当看護師に父との面会は私が到着してからにしてもらうようお願いしていた為
母は待ちくたびれていたようだった。

昨日"大丈夫だと思う"と言ってしまったが、夫にも医師にも
「病気のお母さんには酷かもしれないが、本当の事を話すべき」と言われ、
私自身もそう感じていたので到着してからすぐに母に話をした。

ただ父の姿を見るまでは納得できない様子だったので、すぐに面会をさせてもらった。

とても悲しい時間だった・・・・・

父の親戚一同も駆けつけてくれた。
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by aaaya123 | 2006-06-01 23:48 | 両親

4/10(Mon) 奇跡

会社に1週間の休暇をもらった。

この日が発症から48時間後。
とにかくこの日を乗り越えてほしい気持ちだけだった。

友人の「お父さんは強い人だから大丈夫だよ」という言葉が心強かった。

そして父はやはりとても強い人だったので、この危機を乗り切った。

脳幹出血の場合は、死に至るか植物状態になってしまうケースが多いという話だった
ので、奇跡に近い状況だったと思う。


◆脳幹出血◆ (以下引用)

脳幹は簡単に言うと「生命を維持するのに必要な脳の一部」です。
具体的には、中脳・橋・延髄という部分にわかれています。
呼吸や体温、心臓の働きを制御する中枢があり、「生命維持中枢」と思っていただければ
よいと思います。
脳幹は脳の一部ですので、「脳幹出血」というのは「脳出血」という、脳の中の血管が破れて出血が起こる病気の一種ということになります。

その脳出血の中でも、最も重症な症状が出現するのがこの「脳幹出血」。
脳幹部というのは、上記したように呼吸をつかさどるところでもあるため
一気に大量出血が起こると呼吸が止まって発作後数分で死に至ってしまう場合も
あります。
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by aaaya123 | 2006-06-01 23:48 |

4/15(Sat) 母の入院

父が入院してから1週間。
この日も、父の病院へ行くため母を迎えに実家へ行く予定だった。

6:30am頃、母から電話がかかって来た。
「あなたが帰った後、家で転んでしまった。昨日は歩けたけど今は歩けない。」と言う。

「あなたが来るまで様子をみてみる」と言って電話を切ったのだが、
その後、しばらくたって、今度は母のかかりつけの病院から電話がかかってきた。

「お母さんが右大腿骨を骨折して救急車で運ばれ入院する事になりました、決して
急がないでいいですから、気をつけて来てください。」

脊髄小脳変性症を発症した際、一番気をつけなくてはならないのが転倒による骨折
だという事は知っていたが、それが現実になるとは想像もしていなかった。

冷静さを欠いていた私に、夫がとにかく冷静になるようにと言ってくれた。

父の病院へ電話をし、母が入院する事になったので今日は父の所へ行けない旨を
伝えて、もし様態に変化があれば電話をもらえるようお願いをした。

「お父さんの事は大丈夫ですから。娘さん、無理しないでくださいね。」

胸に沁みる言葉だった。。。
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by aaaya123 | 2006-06-01 23:48 |



脊髄小脳変性症の母を持つ40代1人娘の記録デス。 時系列になっていますので古い内容からご覧下さい。
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