遠距離介護で感じたこと。

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思いやり、そして夫婦。

先日、母が言った言葉。

「もっと早く、介護保険をつかっていればよかった・・・」
「そうすればお父さんも病気にならなかったかもしれない・・・」


私は、この言葉をやっと母から聞ける事ができた、と思った。

父も、きっと病院のベッドの上で喜んでいると思う。
ねえ。そうだよね、お父さん。。。


お父さんという絶対的な、100%安心できる存在を持っていた母。
一回りも年齢が違う夫婦。

父はとにかく母に優しかった。

それと同じくらい、いやそれ以上に一人娘の私にも優しかった。

その優しさに甘えていた私・・・。本当に悔やまれる・・・。

そんな父だから、いつも母の病気のことや私の結婚生活・将来のことばかりを
心配していた。

自分の体の声には耳を傾けないで。

母は常に自分の病気を嘆き、悲しみ、恨んでいた。
父への感謝やねぎらいの言葉を発さなかった。

言葉にしないだけ、素直になれなかっただけだと思う。
でも、私にはそれがどうしても解せなかった。

だから、この言葉を聞いて、父と母と私の気持ちが繋がりだした・・・と感じた。
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by aaaya123 | 2006-12-13 10:56 |

健康でいられるということ

私の周りにはご両親が健在で、子供の面倒を当たり前のように看てもらっている友人が
大勢います。

私も今まではそんな中の1人でしたが、両親が病気になってからはその当たり前の
ありがたさについてとてもよく考えます。

両親が遠方にいる方や既に亡くしている方もいるでしょうし、私の両親のように病気を
患っているご両親をお持ちの方もいるのだという現実。

だから、自分や自分の周りの人達が健康でいられるという事のありがたさに
もっと、気づいて欲しいと思いました。
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by aaaya123 | 2006-12-11 10:46 | 思うこと

コミュニケーションの大切さ

院長先生と病棟の看護師長サンとお話をしました。
相談室へした話が病棟へまわっており、家族(母と私)の気持ちをよく理解して
いただけたようでした。
(病棟の責任者はいませんでした)

■父方の親戚は、父が今の病院へ移ってからは一度もお見舞いに来ていない。

■母方の親戚は全員北海道に住んでいるので電話でのコミュニケーションが精一杯。

このような状況なので、「私が頑張らないといけない!!!」
1人で勝手に奮闘して、1人で勝手にいっぱいいっぱいになって、そして1人で
勝手に辛くなって・・・・・

という状態だったとは思いますが、まだまだ些細な言葉に傷ついてしまう事もある
私にとって、病院で嫌な気持ちになるという事だけは絶対にあっては欲しくない事でした。


病院からは、「お父さんの状態は落ち着いているので無理しない程度にお見舞いに
いらっしゃい」と言ってもらえて・・・

母のケアマネさんからも、「無理をしないで、早く赤ちゃんを作ったら??」 と励ましてもらって・・・

長男の嫁として至らない事が増えている私に義母は、「あなたの事は私達家族で
守っていくから、大丈夫だからね」と言ってもらえて・・・

そして、いつも私の側で、優しくしてくれたり、励ましてくれたり、時には叱ってくれたり
してくれるおっきな心の主人・・・


本当に、いい人達にめぐり合ったと思わずにはいられません。

辛い悲しい思いもたくさんたくさんしました。

けれど、それによって得るものもたくさんありました。


私に力を貸してくれた皆さんの為にも、もっともっともっと強くなって、成長しなくては!
と思います。頑張ります。
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by aaaya123 | 2006-12-04 10:03 |



脊髄小脳変性症の母を持つ40代1人娘の記録デス。 時系列になっていますので古い内容からご覧下さい。
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